お正月休みを利用して村上春樹氏の「1Q84」を読んだ。村上春樹氏の小説は、読みやすく、物語として面白いので、好きな作家の一人だ。
「1Q84」は、孤独な10歳の同級生の男女が、20年後、こことは違う、論理の通じない1Q84年の世界で、お互いを求め合い、最後に再会し1Q84年の世界から脱出する、という物語だ。村上氏のいつもの小説のテーマである「こことは違う別の世界」のお話であるが、今までの作品よりも読者の想像力にまかせる部分が大きく、それゆえに今まで以上に物語の解釈が人によって様々に異なるもののように感じた。まさにそれこそが、村上作品が、多くの人に支持される理由のひとつではあるのだが。
この物語を読んで印象に残ったのが「多義」という言葉だ。新興宗教の教祖や、主人公の一人である天吾君の発言の中でときどき出てきた言葉であるが、この小説の中で最も心にひっかかった言葉だ。村上氏の物語が多くの解釈・意味を持つという意味でも、また物語の一つの出来事が様々な人に色々な形で波紋を広げるという意味でも、また「こことは違う別の世界」というテーマも、まさに「多義」は村上氏の小説のキーワードになるものだ。そこは「論理」ではなく、「運命」「強い思い」が大きな原動力となる。
ひとつの出来事には、人がコントロールできる、狭い意味での「論理」だけではなく、神様にしかわからない大きな「論理」つまり「運命」といったものが作用している。それは、どのように広がっていくのか、人にはわからない。しかし、「運命」を引き寄せることはできるかもしれない。それには「強い思い」が必要だ。
人生だけではなく、経営も同じではないだろうか!「経営の透明性」「見える化」といった言葉がよく使われるが、「目に見えないもの」「強い思い」こそが新しい世界への入口になるのではないだろうか!